長野・軽井沢のスキーバス事故、運行会社社長らに実刑
2016年に長野県軽井沢町で起きたスキーバス転落事故で、長野地裁は8日、業務上過失致死傷罪に問われた運行会社「イーエスピー」社長、高橋美作被告(61)に禁錮3年、元運行管理者の荒井強被告(54)に禁錮4年の実刑判決を言い渡した。
乗客が死亡する事故を巡り、現場にいなかった運行会社幹部の刑事責任を認めるのは異例で、判決は事故の重大性を踏まえ組織としての安全対策の不備を厳しく批判した。
公判は両被告が事故の発生を予見できたのかなどが争点となった。両被告に禁錮5年を求刑した検察側に対して弁護側は無罪を主張し、全面対立の構図となっていた。
大野洋裁判長はまず事故原因を「運転手の運転技量の不十分さが事故に直結した」と認定した。
その上で、荒井被告は採用面接で、運転手が入社前の約5年間、大型バスを運転していなかったことなどを認識し、高橋被告にも報告していた経緯を重視。両被告は運転手の技量不足により事故を起こす恐れがあると予見できたと判断した。
両被告は輸送の安全を確保すべき立場で「運転手の技量を確認して運行に従事させる刑法上の注意義務を怠っていたことは明らかだ」と述べた。
イーエスピーでは事故前から運転手の運転技量の把握などはほとんど行われず、監督官庁から監査で法令違反を指摘されていたことにも言及。「利益の確保を優先し、輸送の安全の確保を軽視し続けた結果、事故を引き起こした。刑事責任は重い」と実刑判決が相当と結論付けた。
過去に乗客が死亡した事故では、経営陣ら運行会社側について不起訴や無罪になるケースが目立つ。今回のように刑事責任が認められるケースはまれだ。
判断を分けたポイントは、事故を起こした運転手と経営陣らの距離の近さにある。
8日の長野地裁の判決について、同志社大の川崎友巳教授(刑法)は「ツアーバス会社の経営規模が比較的小さかったことで、事故を起こした運転手の技量を経営層が知ることができる立場にあった」と指摘。「公判でも安全軽視の姿勢が浮き彫りになっており、過失責任が認められやすかったのだろう」との見方を示した。
業務上過失致死罪は、個人が事故の「具体的な危険」を予見できたことが構成要件となる。大きな会社ほど現場から離れている幹部らの責任を立証することが困難とされる。
欧米では重大事故が発生した際に、再発防止に重点を置いた制度が取り入れられている。英国では07年、重大事故について法人の注意義務違反が認められた場合に上限の無い罰金を科す「法人故殺罪」が制定された。
刑事責任の追及に傾斜すると、企業側が事故調査に正直に答えなくなり原因究明を妨げる恐れもある。そのため、米国が採用したのが原則として刑事責任を追及せず、民事訴訟で巨額の「懲罰的損害賠償」を課す仕組みだ。
刑事過失論に詳しい大塚裕史・神戸大名誉教授は今回の判決について「企業側の安全管理に関する法令違反に触れ、刑事責任を認定した点が特徴的で、安全対策の徹底を求める司法判断だ」とみる。
その上で「企業の規模が大きく刑事責任を問うことが難しい場合には、日本でも懲罰的損害賠償制度の導入について議論する必要があるのではないか」と話した。
「安全安心なバス運行を」 遺族ら再発防止訴え
長野地裁の判決後、事故で犠牲となった大学生の遺族らが記者会見し、バス会社などに改めて安全対策を徹底するよう求めた。
事故で次男の寛さん(当時19)を亡くした田原義則さん(57)は「なぜ事故を回避できなかったのか、父親として怒りがこみ上げてきた」と感想を述べた。「再発防止に向け非常に大きな判決だ。安全安心なバスの運行に少しでもつながればと願う」と話した。
大谷慶彦さん(58)は息子の陸人さん(当時19)が犠牲になった。「二度と戻ってこないのが事実で、苦しみは今後も続く」と複雑な心境を吐露し、「これ以上、私たちを苦しめないためにも、控訴はやめてもらいたい」と述べた。
池田衣里さん(当時19)を亡くした父、彰さんは「遺族の思いをしっかり伝えてもらえた(判決の)内容だった。同じような事故が起きないように、というのが私たちの望み」とした。
国の調査報告書などによると、バスは曲がり角が続く峠の下り坂を時速約96キロで走行し、カーブを曲がりきれなかった。事故をきっかけに、国は運行会社の事業許可を5年ごとの更新制にするなどの再発防止策を講じた。